バスケットの怪我が気づかせてくれた柔道整復師への道と業界歴20年の学びの人生物語

あかり接骨院詳細については➡こちらです。

 

こんにちは!
あかり接骨院院長の石川明人(いしかわ あきと)42歳です。
この業界に入って20年になります。

 

千葉県船橋市咲が丘、二和という地域で
あかり接骨院をやっています。

最寄り駅は新京成線に乗り、

二和向台駅という駅で、

歩いて2分のところにあります。

 

私の生まれは茨城の水戸ですが、

現在は都内に住んでいて、

自宅からは一時間かけて通っています。

 

通勤時間はかかりますが、

電車は行きも帰りも空いているのでいつも座れてラッキーで、

結構快適で音楽聞いたり動画をみたり自分一人の時間を

楽しんでいます。

 

私は小4の時からバスケをしていました。大のバスケファンです。

私が学生の時は、

憧れのマイケルジョーダンの試合が見たくても、

我が家にBSがなくて見れないこともあり、

先輩にBSで録画したものを借りてみていました。

現在はスマホ一つで簡単にマイケルジョーダンの試合が見れるので

ありがたい時代です。

 

この地に開業したのは

柔道整復師教員免許を取得するために通ったていたクラスの同級生が

開業する兼ね合いで、

『石川くん院長やってみる?』

と話をいただき、私も自分の院を持ちたいという念願が叶うチャンスが来た!と思い、

そのご縁で現在の場所に開業することになりました。

 

あたたかくて面白くて楽しい患者様に支えられながら、たくさんのご縁のおかげでここまでやってこれています。

 

 

現在は私は腰痛専門の接骨院をしています。

腰痛専門としてこのようなことができています。

  • どこ行っても治らない腰痛専門の柔整師として、腰痛に悩む方を撲滅するために活動中!
  • 二和の地域活動の一環で健康セミナーを依頼される
  • 骨格矯正のSPAT療法マスターセラピストとして施術者に向けてセミナーを開催している
  • 異業種交流会の会長として毎月一回でセミナーを開催し切磋琢磨している
  • 腰痛なのに、腰の施術ではなく、根本原因を探りだし、腰以外の施術でも腰痛を緩和する施術
  • ぎっくり腰で歩くのもやっとだった患者さんを施術後しっかり歩いて帰れるようにできる施術
  • ぎっくり腰をしても2日間の施術で快方に向かえる施術
  • 脊柱管狭窄症を診断され、手術しか快方に向かう方法はないと医師に断言された患者さんを施術とストレッチの継続を促したことで手術なしで快方に向かわせた
  • 旅行当日の朝ぎっくり腰をしたが、施術後、元気に旅行に行って帰ってこれた
  • 巻き爪で腰痛に困った患者さんのニーズを察し、巻き爪講習を受講し、手術なしで巻き爪を矯正できるようになった
  • 足が冷えて眠れないと悩む患者さんに施術と足湯の継続で不眠解消と冷え解消ができた
  • etc

などなど、腰痛専門で

どこに行っても改善しない腰痛、長年治らない腰痛の患者さんに向けて

施術をしています。

 

ですが、

以前の私は、腰痛には何をすればいいのかまったくわからない無知で勉強不足な状態でした。

腰痛の患者さんが来ても、胸を張って帰すことができない。

不甲斐ない自分に愕然としていました。

これじゃだめだ。何か腰痛に対するスキルをつけないとまずい。。。

まったく貢献できない自分、そんな自分に見切りをつけ、

患者さんの腰痛改善に向けて学び貢献していこうと決意しました。

そんな悩んでいるぐっとタイミングで、

腰痛の施術技術が学べるという情報が入ってきたんです。

この絶好のタイミングには運命を感じました。

そして現在、腰痛専門で運営し、

どこ行っても治らない、長年の腰痛持ちで苦しむ患者さんに対して、

自信を持って施術できるようになりました。

と、今となっては成長できているわけですが、以前の私は時代を読めず、

ニーズから外れた古びた考えの堅物でした。

 

それでは現在のスタイルに落ち着くまでを院長のプロフィール物語として、

書いていきたいと思います。

 

 

 

学生時代

私は小学4年生からミニバスケットを始め、
高校で引退するまでは“3度の飯よりバスケット”のバスケ一筋できました。

 

休みもほとんどバスケの練習と大会漬けです。

 

練習のおかげでミニバスでは全国大会に出場するほど強いチームになれました。

 

でも残念ながら予選敗退し悔しい結果に終わりました。

中学では、
ミニバスで負けて終わった不完全燃焼感が抜けきれずバスケ部に入部しました。

 

1,2年時は、レギュラーに入れず、挫折した日々を過ごしました。

3年時には、
新しく赴任してきた先生が“県選抜の強化委員長”という方で、
20代後半で若くて厳しい、いわゆる“バリバリのスポ根監督”。

その監督のもとでビシバシと指導され、

厳しい練習が続き苦しかったです。

結果は、
県2位のチームに負けて青春の一ページが終わりました。。。

終わった。。。

と解放感とともに疲れがどっときました。

夏休みも終わる頃になると、
当たり前ですが進路を決めなくてはなりません。

“3度の飯よりバスケット”、文武両道とは程遠い人間で、
勉強が大の付くくらい苦手です。
そこへ願ってもないバスケットでのお誘いの話がありました。
それも、特待生としてです。

『これで勉強をしなくて済む!!』
すぐに飛びつきました。
そこは県2位の強豪校でした。

スポーツでの推薦入学だったので卒業だけを待つ身で

皆が受験に励んでいる頃、
私は週に2~3回授業終了後に高校の練習に参加させてもらっていました。

レベル高いな~!!

高校バスケのスピード感は中学では感じないもので、
そこにいる全員が上手く見えました。

『凄いところに入るんだなぁ』と感じたのが第一印象でした。

晴れて入学でき、入学後早々から試合に出させてもらいました。

私が入った分、レギュラーを外され、
ユニフォームを脱がされ、ベンチからギャラリーへ応援に回った先輩がいる訳です。

 

一昔前だったので鉄拳制裁や指導という名の暴力があるのかと覚悟をしていたら、
先輩たちや同級生からは、

いっつぁん頑張れよ!って優しい言葉をいっぱいもらいました。

私は、特待生の名に恥じないよう、
外された先輩たちが外されたことが納得できるように出来る限りの努力をしました。

振り返ると、この時期がバスケット人生で一番楽しい時期でした。
当然、練習は連日ハードでへとへとでしたが、毎日が楽しく充実していたので苦しい練習も全然耐えられました。

 

 

しかし、1年生から試合に出ていると、

他校からのマークが厳しくなり(生意気と思われる)、

とても反則(ファール)とは思えない意図的で悪質な肘や膝などが入り、

打撲や捻挫などの怪我も増えるようになりました。

無理して練習をしていたこともあり、

あちこと庇うようになり、全身のバランスが崩れていき、

下半身を中心とした痛みは日常的にありました。

ヒドイ時は、腰が痛くて授業中椅子に座っていられないくらいです。
階段も手すりをつたわなくては昇り降りできないくらいの時もしょっちゅう。
足首を骨折し、松葉杖生活の時もありました。

 

自分たちの代になると、部長に任命されてチームをまとめました。

監督の指示とチームメイトの反応と、
チームを1つにまとめていくことの大変さを勉強する日々。

また、やんちゃ盛りの時期です。

部活動以外での問題も多く、連帯責任として一番上に立つ立場の責任感も
この時に色々経験することができました。

一番のキツイ思い出は坊主ですかね笑

 

バスケットの方は、努力も空しく、
優勝チームに早々と当たり負けてしまいました。

 

また青春の一ページが終わりました

 

バスケット人生から気づけた私の進路

その後、大学でもバスケットをするつもりでしたが、

これでいいのかなぁという迷いの中だったこともあり、

緊張が強すぎて受験中に腹が痛くなり途中棄権。。。
受験に失敗です。

途方に暮れながら、

今一度大学で自分のプレーが本当に通用するかを熟慮してみました。

 

こんなボロボロの体では通用しないだろうし、正直、自信もなくなっていました。

あんなに大好きだったバスケットへの情熱が不思議と冷めてきていることを感じました

そうしたら、大学でもバスケットを続けていくこともスッパリ諦めることができました。

その後は、バスケットに費やした情熱を勉強の方に向けてみよう、と思い、
浪人しました。

 

そう決意するも、結局、私立文系はサラリーマンにしかなれない思い、
夏くらいには大学進学も諦めていました。

 

バスケットしかしてこなかった人生です。
趣味も、特技もバスケット。

それが無くなると心にポッカリと穴が開いたようで、

何も手がつかない日々を送っていました。

 

神様が人生の方向転換をしてくれたのだと思い、

余る時間を将来について考えてみました。

 

振り返ってみると、やはり私にはバスケットでの経験でした。
経験といっても、バスケットを通じて怪我した経験です。

 

『あの怪我さえなければ・・・』
『あの時にしっかり治療していれば・・・』
『そういえば、あの時に怪我をして治療してくれた接骨院って・・・』

 

思い出したのは、怪我をする度にお世話になった小学からの同級生の接骨院です。

バスケで怪我をするたびに接骨院へ行ってみてもらい、

さらに高校時代のスランプ時など親身に色々とアドバイスを頂いたりしていました。

 

接骨院の副院長(同級生のおじさん)は元バスケ選手でもあったので、

細かいバスケの指導や怪我のリハビリや自宅でのケア、

やってはいけない動作などをたくさん教わりました。

そんな同級生の接骨院の雰囲気が大好きで、

家に帰るよりも接骨院で過ごす時間の方が圧倒的に多かったように思います。

私にはパワースポットのような場所でした。

そんな怪我をした経験を思い出し、

私自身も先生を目指して怪我で悩んでいる学生を治療し、

怪我で青春時代を有意義に過ごしてもらうお手伝いができる治療家になることを目標にしてみました。

 

同級生や両親の後押しもあり、柔道整復師の道を志ました。

 

当時は柔整の学校へ入るのは、かなり狭き門で、
学力があっても入れないくらい厳しい時代でした。

決断した時期も遅く、専門学校の入試もギリギリの時期になっていました。

想像以上に倍率が高かったこともあり、
残念ながら不合格。(単に学力が足りていなだけ)

しかし、 そこで諦めず、一年浪人をして、また次年度に賭けました。

二浪の末無事専門学校に入学が決まりました。

 

 柔道整復師の修業時代

専門学校と入学と同時に、親元から離れることに。

その間は、埼玉県川口市の先生のもとで修行することになりました。

今では死語に近くなりましたが、
寮に住み込みで働く、いわゆる丁稚奉公です。

 

昼間は終日接骨院での助手作業をしながら、
試験勉強をし翌年無事に専門学校に入学することができました。

 

入学後は、昼間は研修をし、夜は夜間部の学校と二足の生活が始まりました。

接骨院は、朝8時から患者さんの来院があり、

午前中は比較的外傷といって前日に怪我をした方が朝方に多くみられました。

午後も、部活動や社会人を中心に怪我の方が多くみられました。
そのため、臨床経験はたくさん積むことができました。

学校から寮に帰宅すると、夜も深い時間になってしまします。

テスト前も関係なくこのスケジュールの中、勉強をしなければいけません。

赤点を取ると、追試のために学校に行かなくてなりません。
そして、赤点を取ると師匠には笑われていましたが、本音は違うと思います。。
様々なプレッシャーの中、毎日頑張っていました。

この生活が3年間続き無事に国家試験にも合格し晴れて先生になれました。

 

先ほども書いたように、

そこの接骨院では怪我や特にスポーツ外傷の患者さんが多く来ていたので

早期治癒に力をいれていました。

当時は整形外科が少なく、“骨折と言えば接骨院”という流れがありました。

やはり私自身怪我が多かったので、

学生たちの怪我をして悶々とする感情には共感できたので親身になって対応していました。

そんな学生たちは市内や県内はもとより、東京、千葉県、茨城からも通っていました。

師匠は、外傷のスペシャリストで、あらゆる怪我を治してしまいます。

 

師匠から教わった技術や考え、新しいものを取り入れる柔軟さや勉強熱心さは、今でも尊敬しています。

師匠のもとで修業させていただいた経験が今の私の基礎を作っています。
本当に感謝しています。

 

そこでは5年間研修しました。

 

5年間師匠の下で修業させていただいた中で、

少しでも師匠に近づくためにはもっと数を経験しなくては。と思い、

修行での経験を生かせる整形外科へ転職しました。

 

埼玉県は所沢にある整形外科です。

整形外科時代は、勉強したことをどんどん生かすことができる職場でした。

 

通常は手術でしか治る見込みがないような患者さんの骨折を

手で整復し、リハビリを経て完治する。という経験を沢山できたのもよかったです。

 

そして完治して最後に見送る場面の何とも言えない達成感が一番の喜びでした。

 

その中でも一番の印象にあるのは、ある40代男性の美容師さんでした。

バイクで後ろから車に当て逃げされて来院されました。

その患者さんは、手の親指の骨折と脱臼をしておりました。

ドクターは手術を勧めました。

しかし美容師さんが、

『ボスとしてやっているから仕事はどうしても休めない。

毎日言うこと聞いて通うから手術だけは勘弁してください!』とのことでした。

ドクターも、『それでは、何とかしてあげなさい』とのこと。

 

研修時代も経験したことのない骨折です。

正直、全然自信がありませんでしたが、

“逃げたら負けだ!”そう思い覚悟を決めて集中しました。

 

手が震えていたのを今でも覚えています。

結果、ドクターからも『手で治したにしては十分でしょう。』と言って頂きました。

 

その出会いからその患者さんには今でも髪を切ってもらっています。

結果的に、この整形外科での4年間でも大きく成長できました。

最後の年は、柔道整復師の教員免許を取得しました。

師匠の背中を追い、

やがては後世の指導と経験を少しでも伝えていきたいと思ってのことでした。

 

 

 時代の変化とともに。。。

 

その後は、東京と神奈川に店舗展開をしている治療院に転職しました。

時代が変わり、柔道整復師の専門学校が増え、

接骨院など治療院も巷に増えてきている状況でした。

これからは、技術だけでなく、治療院の管理業務(経営)も大切になってくるだろうと思い、

そこでは主にマネージャーとしてのノウハウを学びました。

グループ店(7店舗)ということもあり、スタッフは入れ替わりが多かったですが、
人材育成の大切さや苦労を味わえました。

 

治療家は技術が大事なのは当たり前ですが、
想いの方がもっと大事なんだな、ということを学ばせて頂きました。

そこでは2年間勤務しました。

 

治療技術、そして経営ノウハウを身に着けたら開業しよう。
という、自分の中でのビジョンがあり、
平成21年10月10日にあかり接骨院を開業するに至りました。

 

開業してからは、地域の方に知っていただくために、
日々院外活動に頑張っていました。

そして徐々に患者様に来院頂けるようになりました。

 

ところが最近感じることが多いのです。

接骨院なのに、なぜか腰痛がだとか

偏頭痛がするなど、

怪我よりも不定愁訴の患者さんが多いことを感じていました。

 

恩師と新しい治療法との出会い

そんな中、専門学校で一般臨床医学を担当されていたドクターが、
操体法という手技を使い、体のゆがみを取って、
体を良くしようという治療法『SPAT療法』を開発していることを知りました。

そして、専門時代の同級生がその一番弟子でした。

すぐさま教えを請いに出向きました。

 

そこから10年以上先生の所へ通い続け、

技術を習得しました。

 

それまで僕が学んできたことは、
起きた怪我に対しての処置でしたが、

先生に出会ったことで、
身体のゆがみが原因となって症状が出ていること知り、
また、
身体のゆがみを取ることで、
怪我を防ぐこともできるし、
怪我をしても治りやすい身体にすることができることを知りました。

SPAT療法を学んでいうと、人の体についてより詳しくなるのは当たり前ですが、
人の体は複雑のようで実はシンプルなんだと考えさせられる日々です。

 

現在では、SPAT療法で学んだ知識を生かしながら、患者様の施術や生活指導などのお話をしています。

体のゆがみからくる原因不明の症状に対する説明や治療をすることで

患者さんも納得し、

楽になる方が多くみられ、

また、3年前からは、SPAT療法認定指導講師として、SPAT療法の普及活動にも力を入れております。

現在はほぼ一人で運営する治療院ですが、患者様に対する思いは熱く、

日々全力投球で営業してます。

 

治療の際に心がけていること

 患者さんの、よくなりました!という言葉をもらえるたびに

うれしい気持ちでいっぱいになります。

 現代はストレス社会で、原因不明の痛みや不調で悩む患者様も増えています。

患者様一人一人の症状にあった方法で痛みや症状の根本的なところから改善できるよう心がけています。

 

趣味

映画鑑賞

好きな食べ物

 カレーライス、甘いお菓子

好きなスポーツ

バスケ・サッカー・野球

今の楽しみ

 娘と散歩することが今一番の楽しみです。

昔から子供が大好きでしたが、実の子供は本当にかわいいです。

パパ似だね~って言われるのがめちゃくちゃうれしいです。

 

取得ライセンス

柔道整復師

柔道整復師専科教員免許

SPATマスターセラピスト

B/Sスパンゲ 巻き爪治療ライセンス

不妊、内臓整体セラピスト

 

 

以上が私のプロフィールです。

 

私の夢は、腰痛とうまく付き合っていき、

腰痛が来ても自身の力でうまく改善していく力をつける

と、腰痛で苦しむ方の役に立つことを目的としています。

これから一緒に腰痛対策に取り組んでいきましょう。

 

そのために私は、メールマガジンを発信しています。

ブログでは伝えきれない情報や

より具体的な内容をお伝えしています。

 

メルマガでしか流せない情報、

メルマガ限定での情報を発信していきますので、

ここまで読んでいただいた方には面白い内容だと思っています。

 

下記から登録できます。

↓↓↓

以上です。

腰痛専門あかり接骨院 石川明人でした。

 

==================

 

腰痛に関する詳しい説明をつけた内容を
動画にしています。
ブログの中でもありますが、こちらでもご案内します。

Youtube

 

そして、下記では、腰痛対策の方法や、私自身が学び深めてきた
包帯方法の動画再生リストを作成しました。

包帯の巻き方動画再生リスト

腰痛防止のための体操動画再生リスト

メールマガジン メルマガ限定の情報も発信します。

Twitter

コメントを残す

このページの先頭へ